2008年2月13日 (水)

闇に蠢くもの。

うーむ。

でもアレよ。

私はもう帰らないのよ?
「またいつもの喧嘩の過激版デショ?構ってチャンだねーtamakiさんも…どうせ戻るくせに。」
ああ、
黒いtamakiが蠢いている。
ちげーよバカ。死ねよ。

誰に言ってるのかよくわからないけど。

なんかそういう、文字に見えないなにかが疲れる気分なので
ここの日記は暫くお休みします。
次の更新が明日かも知れないし1ヶ月後かもしれませんが。
落ち着いたらここにも戻ってくるわー。

健ちゃんの日記があるので
暫くは筆者じゃなくて読者になろうっと。
バイバーイ。

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2008年2月10日 (日)

美しい日。

雪がドカドカ降っていたんだけど出掛けました。
雪景色はとても綺麗だった。

どこに行ったかは内緒の事なのだけど
まあー何もしなかった。
「リリイ・シュシュのすべて」をまた観たりした。
あとはお笑いの。番組とか。
すげえ笑った。
酒も飲んだ。
飯も食った。
いろいろ考えた。

とても新しい日だった。
そして美しい日だった。
ホントになーんにもしなかったので
なんにも書く事はないんだけど、
よかった。
行ってよかった。
たくさんわかった事があった。

家に帰ってくるとチビ達は相変わらず素晴らしく可愛かった。
健ちゃんも昨日はがんばってくれたはずなんだけど
がんばったというより普通だったと言っていて安心した。

こいうのは凄く大切なものだ。
私という私を、大切にして、見つめ直すんだ。
今までしてこなかった気がした。
だから、よかったことだ。

ありがとうね。

 

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2008年2月 8日 (金)

私という孤独。

今日はグチャグチャと汚い事をあれこれ考えました。
なんと言ってももの凄く眠くて(風邪薬のせいもあって)

そのうち泣けてきたりして、まあいろいろあったんですが、
一日家事放棄してました。
途中で子供達を連れてお昼の用意を買いに行った。
別にその瞬間に必要だったわけじゃないのに、
なんだかそうしたかった。私はそこから逃げた。

それで出掛けて、
帰ってきてお昼にピザを焼いて食べた。
美味しい。
ビール飲んだろ。
昼間から飲んだろ。
ウマい。
まじウマ。
タバコもたくさん吸った。
これヤバい。

また寝た。
家事は一瞬片付けたけど
その後は一切放棄。放棄放棄。
子供達が
「ママーウンチしてるー」
「ママー出たー。」
「お腹空いたー。」
「お菓子食べて良い~?」
「クシュがなーい。」
とひっきりなしにママを必要としている。
それでも無理に眠った。
子供達が寝ている間を見つけて。

一人きりになってみたい。
子供達も私には大切だけど、
「今○○は何をしているよ。」
とかのメールもなしに、
とにかく一人になりたい。
一人になってみたい。

そう思うと泣けてくる。
私は母親なんだろうか。

それでも、私の親友二人は
「tamakiちゃんが笑える環境が一番周りにも幸せを与える。」
って言ってくれた。
私は彼女たちに支えられて立っている。

明日、ケンジと交代して
私は考えに行く。
考える事は進む道の方向。
戻る道ではない事をケンジにも言った。
決心ではなくて…そうなのだ…進む道であることは確かなんだ。
進む道は戻る道の延長線上にある。
何も無駄だった時間など無い。

呼吸をして、ものを食べて、眠る。
それと同じくらい必要なものがある。
私はそれを確かめに行く。

 

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2008年2月 7日 (木)

モラル・ハラスメント。

夫は自ら「自分はモラル・ハラスメントと言うのをやっていたんだと思う。」と言ってきた。

モラル・ハラスメント
いわゆる、言葉や態度による虐待だ。

興味がある方は一度読んでみてください~。

こういうサイトを見ていると何が何だかわからなくなる。
いきなり私は妻というより被害者というものになり、
夫は加害者というものになる。
じゃあ健ちゃんという人はなんだったんだろう?
と考え始める。
最初はあらゆるサイトを見ては「あてはまる、あてはまる。」と読んでいたが、
そのうち情報過多で混乱し始める。
健ちゃんの行動そのものはどんどん「モラ夫」の習性、のように見えてくる。
そうではないだろう、と振り返る。
私はここでいう被害者達のようにただ呆然と堪え忍ぶなんて事はしてこなかった。
常に激しく戦ってきた。
まあ、だから私がそれで何を得たのかと言えばある程度彼の性格として慣れる、
つまりは耐える事に繋がったかも知れないけれど。
言い返さない事はなくて、だからこそ私は「気が強い女」と彼に欠点として教え込まれた。
夫にはよく人前でなじられたりもしてきた。
それに「tamakiみたいな気の強い女は俺以外に誰も理解してやれないだろう」と言われた。
どんな答えをしても「イヤ、そう言う事や無いねん」と最初に否定される。
他にもたくさんあったけれど、そのたびに私は矛盾を的確に指摘しては
何故一つも伝わらないんだろう?と悩んでいた。
10年間。

だからといって、その10年は無駄だったとは思わない。
私だって健ちゃんという人に何か光るものを見たから彼を夫として選んだ。
彼とはいろんな所へ行ったし、いろんなものを見て、感じた。
まあ、新婚旅行だったヨセミテで写真のデータを彼が旅の半ばで消してしまって
「いいじゃない?なんだったらもう一度同じ場所に行って撮ったって。想い出が残ってるんだから。」
と言ったのに対して「そう言われるのが一番イヤだったんだ!」と激怒されたという苦い想い出付きではあるが、
ホテルのクロゼットで死体の様にぶら下がっているのを見て私が腰を抜かすほど驚いた事とか、
乗馬しようとしたら「二人乗りは出来ないのよ。」と言われ「?」と思ったら私のお腹の赤ちゃんの事だったとか。
そういう想い出だってあったんだから。
10年を返せなんてちっとも思っては居ない。

しかし、10年が無駄ではなかったから、
この先私が夫との生活をもとに戻そうとは思っていない。
この日記はもちろん夫も実家で読んでいるから書くけれど。

正直書くと、夫は今でも、いろんな方法で私に
「もう良いから、ヨリを戻そう。」
と言われる事を期待している様に見える。
悪いけど、その言葉を使うつもりはこの先無い。
こうしてはっきり書かないと、この日記を読む夫に期待されても困るから敢えて書いているのだ。

彼は完全に「モラ夫」ではないとも思うけれど、完全に「モラ夫」だった部分もたくさんある。
それが病気の様なものだとして、何らかの方法で治るとか治療出来る事だと私は思わないし、
もし治るとしても、相手は私ではない。
10年間私は健ちゃんと戦い続けてきた。
普通のモラ夫と違う所は、そこじゃないだろうか。
夫と戦う事によって、夫に少なからず何かの種を蒔いてきたと自負している。
あの数々の喧嘩によって、夫だって少しは変わったし、私の抱いていた違和感を学んだはずだ。
だからこそ、自分から「モラル・ハラスメント」というものだと認めて私にも言ってきたんだと思う。
それを活かして、健ちゃんは自分が他人を受け入れられなかった事実から脱却できるだろうし、
私は彼といずれ離婚したとしても彼を見捨てる事はなく
彼の中に誰かの部屋が出来る事に協力していこうと思っている。
その誰かの部屋の一番の住人が私であっても構わないし、私以外の人でも協力する。
本やサイトには、「モラ夫からいかに脱出するか」ばかり書かれている。
しかしモラ夫が普通に戻ろうとする方法は一切描かれていない。
それに夫は不満そうだったが、
その普通に戻る道を探し出す事こそ、なによりも治療になるんだと思う。
誰にも頼らずに、誰のせいにもせずに、受け入れて道を見出す。

健ちゃんなら出来るだろう。

ただし、私の許しを得ようとは思わないで欲しい。
それは進む道ではなく、帰る道だ。
私はこれ以上彼の人生までも背負い込むつもりはない。
私はこれから私の人生を全うする。
健ちゃんにも、健ちゃん自身の力で自分の人生を歩んでいくべきだと強く信じている。

ある人は言っていた。
男と女に綺麗な別れなんか無いと。
それはその人が綺麗じゃないからだと私は思う。
私達は綺麗な別れ方が出来る。
今までの10年間でもってそれを証明しよう。
そして健ちゃんが綺麗な別れ方を出来る様になるための猶予期間を有効に使って欲しい。

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2008年2月 5日 (火)

たいせつなこと。

突然なのですが。

旦那さんの健ちゃんと、週3日は別居することになりました。
いろいろ考えて、まだわかりませんが離婚というか
私が籍を外すという事になると思います。
健ちゃんはそうならない為に1年かけて自分を変える努力をする事になった。

誰でも、大切な人は自分の中にお部屋を持っている、
という話をしました。
私の大切な人達は私の中の部屋で自由に生きている。
私の中には健ちゃんの部屋がある。
他の誰かの部屋もある。
エミ~タの部屋や、mikiさんの部屋がある。
弟の部屋もあるし、舎弟軍団もそれぞれ部屋を持っている。
そういう、ココロん中に部屋がある人達と現実でも一緒にいれば
「他にはなんにもいらないなあ。まあ、紅茶とかあればいいかなあ。」
て思えるんだ。
でも、健ちゃんの中には、10年一緒に住んできても
私の部屋はなかった。居場所はなかった。
どんなに喧嘩しても、どんなに話し合っても、
彼の中には私の居場所はまだ作られていなくて、
だから私はこのままでいたらきっと病気になると思った。
彼の中の私には手足が生えていない。
だから自由に動き回ることはなかった。

1年かけて健ちゃんは自分の中に私の部屋を作る作業を始めてみる。

その間、私は、自分で立っていけるように
5~6月から仕事を始めるつもりだ。
そして、私の居場所がある人と出逢うかもしれない。
そしたら、私と健ちゃんは、法律上では夫婦をやめると思う。
私がまた再婚するかどうかは全く考えていない。
夫婦とは紙切れ一枚のもんだと今でも思っているしこれからも思う。

居場所、部屋、そういうものが出来上がっている二人には
「夫婦」とか「友達」とか「姉弟」とかの呼び名は必要ない。
それを、健ちゃんはあと1年で理解することができるのかな。

実際…

私達の決めたいわゆる別居や離婚のルールはとても甘くて緩い。
そしてそれは、子供達の為にもベストの方法だと思っている。

私は、3日前の話し合いの時、
初めて、はっきりと、大人同士として、いや人間同士として
フラウと話をした。
フラウは、信じられないほど的確な事をたくさん言っていた。
これが子供の持つ力なんだなあ!って本当に感動した。
そして、私の話を聞いて、フラウはとても深く理解してくれた。と思う。

大切で、キラキラした宝物みたいな会話だった。
本当はあまりこんなところに書くべきじゃないかも知れないけど、
私の日記だ。想い出にとっとこう。

「あのね。フラウちゃんさ、…ママさ、あんまりね。
お父さんといるとね、ヤッチャダメ!て言われることが多いのね。
お父さんは、ママの為だって思っているけど、
ママはさあ。ちょっと苦しいのね。
例えばさ、フラウちゃんが、ディズニーチャンネルのテレビ観るの
ダメ!フラウちゃんのためだからだめ!って言われたら、どう思う?」
「イヤだと思う。」
「うん。ママもね。音楽聴いちゃダメとかね。映画見過ぎちゃダメとかね。
ソウジの話するとママが男っぽくなるからソウジの話もしないでほしいとか。
ママはずーっとお父さんの事を見続けて、お父さんが話しかけそうな時は
なーんにもしちゃいけないって言われてる気がしたの。
そう言われるとさあ。ママの好きなこと、お父さんの前ではやっちゃ
いけないルールになるの。ママの為だって、お父さんは言うの。
ママはやり過ぎると病気になるからって。それで喧嘩になるのね。」
「うん。でもさあ、お父さん自分のこと王様だって思ってるんじゃないの?!」
「アハハ。王様かぁ。そうかも知れないねえ。
それでさあ。そういうのってママ苦しいんだ。
だってイッコイッコは、ママの大切なことで、ママそのものなんだから。
チョット難しいけどね。
だから、ママは自由になりたいなあって思ったんだよ。」
「自由って何?」
「自由っていうのはぁ…うーんと、好きなことをしてもいいよって時間。
フラウも幼稚園で、滑り台とかブランコとか、好きなことして良い時間があるでしょ。
あの時は、先生に○○をやりなさい!って言われるんじゃなくて、
フラウちゃんが自分で考えて自分の好きな遊びをするじゃない?
あれは自由な時間だって思う。わかるかな。」
「うん、わかる。」
「ママは自由に、自分で考えて自分でイイとか悪いとか考えたいって思う。
その為には、お父さんと離婚しようって思うの。
でも、離婚って言ってもね、家は変な家族だから…普通とはちょっと違うかも知れない。
んと、離婚してもね、お父さんはいつでもママとチビ達に、好きな時好きなだけ逢えるの。
ご飯も一緒に食べるし、いつでもフラウと遊べるの。
ホントはね、普通だったら…わからないけど、
離婚したら、お父さんとかお母さんは、パッと居なくなっちゃって
なかなか逢えなかったり、逢おうとしなかったりするものかもしれない。
ママとお父さんも話をしないものかも知れない。
でも、ママのお家は変わってるから、そうはしたくないって思うの。
もちろん、お父さんがそれを望めばだけどね。望むって言うのはそうしたいって思うことだよ。」
「わかる!どうして家は変な家族なの?」
「どうしてかなあ。たぶんママが変な人だからだよ。」
「フフフ!良いよ。フラウわかる。だって、リロ&スティッチのリロの家も変な家族だよ。
でもみんなオハナなんだよ。」
「あぁ!そうだね。リロのお家は、お父さんとお母さんは居ないし、
お姉ちゃんとリロと、あとはスティッチにプリークリーにジャンバはみんなエイリアンだもんね。
そう。あんな風にさ、別にお父さんとお母さんじゃないのに、
みんな集まって住んでるじゃない?それが、家族(オハナ)でしょ。
そうだね。ママはあんな風が良いなって思ってる。
そりゃあ、ちょっとしたルールはあるかもしれないけどね。」
「うん。わかる。」
「フラウちゃんさ、ママ達のこと、どう思う?
…あのね。ママね。たぶん、このままずーっとお父さんと一緒にいて
自由じゃないなって思っていたら、ママのママみたいに、病気になっちゃうって思うんだ。」
この言葉は、フラウと話していて急に出てきた言葉だった。
それまではそんな事微塵も考えたこと無かった。
でも、そうか、私は病気になっちゃうかも知れない。
そう思ってハッとした。
「フラウ、ママが病気になったらダメだと思う。だってママが病気になったら
お父さんだってその後大変だもの。」
「あぁ!そうだね。ホントにその通りだ。
ママのママ(フラウのおばあちゃん)は病気だったよ。
でもさ、ママのパパ(天満屋のじぃじ)は、とても大変な思いをしたよ。
ママや、ソウジも。とても大変な思いをした。
そうだね。ママが病気になったら、きっとみんな大変な思いをしちゃうね。」
「うん。だから、離婚しても良いと思う。だって、そうしたってなんにも変わんないもん。」
「そうだとママも思う。パッと居なくなったりしない。
ただ、ママが『キムラタマキ』って名前になるだけなんだよ。
でもママは、ママの性格とか、ママの顔とかは、ちっとも変わらないよ。
だってさあ、明日からフラウが『キムラフラウ』って名前になっても
フラウちゃん急に明日から、意地悪で赤い髪の女の子とかには、ならないよねえ。」
「うん!ならないよ~。マートル(リロ&スティッチの意地悪な女の子)みたいには
ならない。フラウはフラウだよきっと。」
「そうなんだよ。だからね。ただママの名前がちょっと変わるだけ。
居なくなったりもしないんだよ。ずーっとママはチビ達のママで居るんだよ。どう思う?」
「平気だよ。フラウなーんとも思わない。」
「そうだね。アリガトウ。
お父さんにも、お話しがあるかもしれないから、
その時はフラウ、今みたいにきちんと聴いてあげてね。
それで、フラウが思うことちゃんと言ってあげてね。」
「うん。わかった!」

最初は「離婚」と言う言葉を出すだけで
漠然とした不安を浮かべたフラウは涙を溜めていたけれど、
話が終わると、霧が晴れたようにニコニコと笑い出した。

実際には、子供に話して聴かせたほど簡単じゃないことも知っている。
でも、私の基本的なモノは、彼女に話したとおりこれからも変わらない。
それが私とフラウとの間にある絆だ。
私は何にも代え難いモノとして、彼女とのこの会話を守っていく。

それから二日間、健ちゃんと話し合った。
最初はとにかく元の生活、元の私に戻す為に彼も必死だった。
けれど、私は変わらない。
そう知ると、健ちゃんは深く考えた。
まだ揺らいでいるだろうけど、
初めて彼と、人間らしい会話をしたと感じた。
これから、私達はちょっと違った道を歩き始める。
今までの10年とはちょっと違う道。

でも、私の目指しているあたたかい場所は、
きっと素晴らしい所だと信じている。

健ちゃんの中に、誰かの居場所が作れるように、
そして、私が私になれるように。

具体的には、週3回は彼に実家に帰ってもらって、
週4回は、我が家で過ごす。
それを1年続ける。
その1年の間に健ちゃんに誰かの居場所が見つかった時。
私はそれでも彼と夫婦で居ることを拒否するかも知れない。
その私の「自由な選択」すらも彼は許容出来る場所。
それが出来るよう、1年みていこう。
でも、ルールは決めておく。
それを破ったり、曖昧にしたら、
私はすぐに、どんな事情であれ、籍を抜く覚悟だ。
私にとって不利でも、なんでもね。
これは健ちゃんにとっての脅しではなく、
私自身のルールでもある。

これを読んでくれてるみんな、アリガトウ。
私のこれからや、子供達のこれからを
まあ、見ててくださいな。
私は動き出したよ。
私は生きてるんだよ。

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2008年2月 1日 (金)

表向き。

(゚Д゚)ハァ? 龍角散???
ナニソレ?ウンコの一種????

咳止めの液体のを買った。
私はすこぶる健康なのに
咳がえらいことになっとる。
とうとうあばらまで折れてきた。
だから今日は咳止め薬を買ったんだけど…
どこをどう止めているというのだろう。
やる気があるのはパッケージだけだ。びっくりしたわ。

今朝コンビニに寄った時レジのおばさんも同じ咳をしていて気の毒だった。
「私も同じ咳なんです~。体は元気なのにね~。」
と2~3分お喋りしてしまった。

ところで最近私は気持ちが外向きなので
知らない人とかあまり親しくない人とも積極的に話していく人、になっている。
ヨシケイのいつも配達に来てくれる女性にも
「ヨシケイっていいよね」とファンとして熱く語ったりした。
なんかそういうのがとても楽しい。
特に客商売をしている人達はすごく感じが良いので
いきなり話しかけても変な顔されないもんね。

あ、そうか。
私がどうして最近そうやって話しかけに行こうと思うようになったか。
いやもともと知らない人と話すのは大好きな方なんだけどさ。
どっちかっつと人から話しかけられるのを待ってる方だった。
まあ、これも波があるんだけれど。
私の好きなライターのLilyさんのブログで
タバコを吸ってたら知らないおじさんに「住みにくい世の中だねえ。w」と
話しかけられて、なんかその、知らない人と一瞬でも話せた事が
面白くて、楽しくて、嬉しかった、というようなことが書かれていた。
だから私もその感じを味わいたくなったというわけ。
すぐ影響される。

確かに、知らない人と話すと刺激的だ。
友達同士で話している時とはわけが違う。
久々に「人に合わせよう」というスタンドが全開で動き出す。
かといって誰でもいい訳じゃなくて
やっぱり動物的なニオイで感じのいい人とのお喋りが良いな。
この年になるとそういうの嗅ぎ分ける嗅覚は発達しているしな。
そういうのってなんだか楽しい。
何が欲しい、何を求めている、ってわけじゃないけれど、
たぶん、私の満ち足りた幸福感が溢れてるんだろう。
全然話した事無い人けどなんか感じのいい人をちょっぴりでも喜ばせてあげたい。
懐かしい私のスタンドが帰ってきたね。

マ、女とは気持ちがユラユラと波間を漂うイキモノですので。
明日は別の私がとぐろ巻いてるかも知れないけどね。

それにしても龍角散。
何が龍角散ダヨ!
もうい。コイツの事はもう忘れる。
咳早く治らないかなー。

 

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2008年1月31日 (木)

答えは吹く風の中。

私の携帯電話についてはこの日記で何度も愚痴ったんだけど
最近はホントにこのウンコ携帯いつ捨てたろかと思っています。
賢くない。可愛くもない。↑ボタンと4(た行)ボタンと0(わ行)が半分死んでる。
あと1年弱使わなきゃいけない。
気が短い私がよく我慢してるなあ…やるなS○ftbank。
そこにまたあのメールだ。
私の大好きな家電メーカーamadanaから明日携帯が発売しちゃうって。
このamadana、説明書が狂ってて大好きなのだ。
(ー。ー)フゥ
恋煩いだ。こいわずらい。
いいなぁ。
でも、私はこのアホとあと10ヶ月も過ごさなきゃならない。
あ、別になんか暗喩してるとかじゃないですよ(←よけい怪しいわ)。
ボロボロになったら、こいつ、心置きなく轢死体にしちゃる。車で数回。

…とか書いてるけど、こんなのもなんかノロケの一種だったらどうしよ。
古い携帯の方は処分しておきましょうか?とかお姉ちゃんに言われた時、
「………あ、、」
とか言ったりして。
(笑)
ナイナイ。

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2008年1月28日 (月)

スイちゃんの診断。

今日はスイちゃんの診療所に診察に行ってきた。
勝手知ったるN市なので行きは私が運転した。
車の運転は好きだ。
交通法規に則って運転するのがなんか快感なんだ。

ツカレター…。

スイはね、結局自閉症と言われた。
程度の問題があるんだけど、そこは何も言われなかった。
たぶんわざと言わないようにしていたと思う。
先生はとてもとても優しげで、50代くらいの女性の先生。
ちゃんとはっきり言ってもらえてなんか安心した。
どうやら、遺伝的な影響もあるらしい。
自閉症の説明を聞いていると、健ちゃんの小さい頃や今とだいぶかぶっている。
たぶん、健ちゃんはごくごく軽い自閉というか多動気味の子だったのだろう。
健ちゃんはとても軽い。お喋りも意思の伝達などもきちんと出来る子だったから。
スイはそう考えると、軽いわけでも重度のわけでもない感じだった。
でも、目を合わさないとか触られるのがイヤとかは全くないので
酷いわけでもないのだろう。
もうK学園に入園が決まっているし、また夏にもう一度診察をしてもらう事になって帰ってきた。

スイちゃんが自閉だと知っても、何とも思わない。
あぁ、そうか、やはり、という感じで、
スイが変わるわけでもない。
この先どういう発達をしていくのかもわからないが、
それはどの子供でもそうだろう^^。

驚いたのは、折り紙のテストの時だった。
同じテストは数ヶ月前に子供過程センターでやっていたK式なんとかと
いうやつなんだけど、その時と同じ折り方を先生はしたらしい。
先生より先に折り紙を折っていたのだ。
その折り方は、私が一度も折った事のない折り方なので驚いた。
「子供家庭センターでやったの覚えてるんやねえ?」
と先生は言っていて驚いた。
「エ、覚えてるもんなんですか?」
と言うと
「そう。記憶力は良いですよこの子は。」
と言われた。
へええーーー。
私だって正直覚えてなかった折り方である。
でも、泣き顔の絵が出てきたら
「ギャアーーーッ!」
ともの凄く怖がって泣き叫んで私の陰に隠れてしまった。
そういうもんなんだなあ。
スイちゃんという人である。

どんな子に育つんだろうねえ。
どんなハートになるんだろうねえ。

特になんにも不安はないんだけど、なんだか疲れた。

昨日は結局なーーーーーーーーんにもしなくて
部屋の片付けをどばーっとやっただけで(それでも不十分だけど)…
だから今日はケーキを買ってきたよ。
プレゼントはなんにも決まってないんだよなぁ。
何が良いかなあ。。まだ「誕生日プレゼント」とかの意識はないので二人とも、
だからもう少し様子を見て欲しそうな物がひらめいたら買おうと言う事になった。

さあ、今日もよく働いた。
あしたもがんばろね。

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2008年1月27日 (日)

27日。

今日はスイとリュカのバースデーぱーちーにする。
あとでT市に電車で行ってケーキを買ってくる。
作ろうかなと言うと旦那様が
「(子供達を制御しておかなきゃいけないから)その方が大変」
と言われたので今年は買う事にしよう。
T市までは駅で2駅だ。
車で行くと駅の周りでババ混みするのでムカつく。
チビ達は電車が好きだからね。

今ね、書いとこ!と思ったのは
ふーちゃんがDSのマリオパーティをしてるんだけど
「セーックスセーックスセエエーーーーーックス!」
と言っていた事…(笑)(笑)(笑)。
たぶん英語のつもりなのだ。
私も小さい頃弟と手巻き寿司に名前をつけていて
「たーちゃんが作ったのはねえ、じゃあ、マ××巻き!!」
と言ったら母に思いっきり叱られた。
「ど、どこでその名前を…!思いついただけか!?」
ビックゥウゥ!として「…うん。」と言うと
「それは女性器の名前だ。」と知らされた。
他では絶対言うなと言われた。
なんでそんなにママンが神経質になるのか当時はわからなかったが
今では何となくいやはっきりとワカル。

うは。子供達の誕生日ぱーちーの日になんて事を思い出したんだコイツ。

つづきはまたUPします。

 

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2008年1月26日 (土)

Thank you goodbye yesterday, good morning sunny day.

今日はなんにもしなかった。
健ちゃんはなんと6時まで寝ていた。夜だよ夜。

そんで、私は今日はYumi伯母さんと話をした。
電話がかかってきた。
1月3日とかにYumiちゃんは我が家に来てくれて
いろいろ話をしてとても楽しかった。
伯母さんは旦那のフランソワと別居をしているんだけど
この前渋谷でばったり会ってしまったそうで…

とても落ち込んでいた。

ほんっっっっっっっっっっとに男って、男って、
というか、フランソワって!
イヤなヤツ!
ガキ!性格悪!!最悪!!!
もっと早くに気付けYumiちゃん。。。

そんな事より、伯母さんは
彼と過ごした34年間を嘆いていた。
どんな物にも、どんな場所にも、想い出が染みついてるだろう。
可哀想に。

伯母さんは芸術家なので
その想いを作品にぶつけてみたらどうかと言った。
案外良い作品が生まれるかも知れない。
私はそう勧めた。

伯母さんが元気になります様に。
今度京都で個展があるのでその時に元気づけに行ってあげると言ったら
伯母さんはとてもとても喜んでいた。
そういう時のYumiちゃんはいつも少女みたいにはしゃぐ。
だから良い芸術家なんだろうなって思う。
私も京都に行くのは楽しみだ。
行けるかな?
行けるといいね。

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